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Magical Visions

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愛について。

みなさんこんにちは桂榊です。

なんとなーく皆さんとシェアしたくて

また筆をとりました。

 

 

 

 

 

ちょっとこっぱずかしくもあり

また、私のブログの裏テーマでもある

 

 

「愛」についての気づきです。

 

 

ツインレイや魂的に導かれた関係は

この「愛」というものが

当たり前のように互いに流れていて

 

愛を理解する全ての行程を

ショートカットして

響きあえてしまうのだけど

 

 

 

この「愛」というものは

まったくもって特別なものではなく

どんな形でも響き合えば

 

 

簡単に世界に表れ

溢れてくるもの

 

 

 

なんだなーと、思います。

 

 

 

 

この愛のエネルギーは

 

 

運命的な関係も

そうではない関係も

 

 

結びつける強い力を秘めています。

 

 

これこそが、本来の愛の作用なのかしらと

思う事も多々です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙に普く存在する「愛」には

本来、型はないのだと思います。

 

 

 

時に私たちを潤し

時に私たちを狂わせますが

 

 

 

愛し続けなければ

愛が証明されないのかしらと

 

 

 

 

わたし、ちょっと勘違いしておりました。

 

 

 

 

愛を証明する為の努力で

自分が壊れるというのは

 

 

 

 

本末転倒で

 

 

愛のテンションやエネルギーを持続するのは

本来一人では非常に困難なんです。

 

 

 

 

愛は私たちの行う「呼吸」と同じで

 

 

息継ぎしないと苦しくなり

酸欠になってしまう訳で。

 

 

「愛し合う」というのは

 

 

互いに同じテンションやリズム

波長で愛を奏で合う事以上に

 

 

 

 

相手が頑張り過ぎて

 

 

 

闇の中や

心の隙間で

 

愛の呼吸を整えてる最中

 

 

自分は

 

二人で築いた波動を保つ役割が

与えられているのかなぁと

 

 

 

思ったのですね。

 

 

 

 

 

要は

 

 

愛をがんばらなくてもいい。

 

っていう感じで。

 

 

 

 

ふっとニュートラルに

メランコリックになって

 

 

落ち込んでも

それはそれでいいのかもしれないと

 

 

 

そういう悟りでした。

 

 

 

元来、スピリチュアルな世界では

ネガティブは良い未来を引き寄せない。

という印象が強い訳ですが。

 

 

 

頑張り過ぎた自分のバランス調整の為

あえて自分の心の洞窟に入っていく事も

 

 

時には必要かなぁと。。。。

 

 

 

ただし、闇に墜ちるのではなく

 

ハシゴと命綱をちゃんと携えて。

 

 

 

光の世界に戻る事前提での闇下りです。

 

 

 

光過ぎて見えなかった物が

闇に入り見える事もあるだろうし。

 

 

 

闇に下り

 

 

よくよくみたら

 

 

自分が美弱にも

光り輝いている事に気がつければ

 

それは本当に幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

最愛の人や世界と

愛を奏で合う前に

 

 

自分の光を「知る」と

もっともっと「自分を愛せる」ように

なるのではないかな

 

 

 

と、思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し話しをズラします。

いや、かなりズラします。

 

 

愛は愛でも家族愛についてです。

 

 

 

 

 

 

 

私は昔から本当に孤独でした。

何故だか本当に孤独でした。

 

 

 

親には、贅沢ではありませんでしたが

所謂普通の生活をさせて頂いておりますたけど

 

 

何故か孤独の中で暮らしていました。

 

 

 

 

 

多分、親は親なりの感覚で

私を愛してくれていたと

思うのですが。

 

親という存在からの愛が解らず。

その言動と行動に

 

ただ、恐怖のみを覚えました。

 

 

 

 

私の事を理解してくれようとしない

親の態度と言葉と行動。

 

 

母は特に 

愛されたい願望が強く。

 

私を放っておき

回りの人を大切にして

周囲から愛される事に没頭してました。

 

 

 

父は幼少期の経験から

私たちが求め、感じる

愛するという概念が機能せず。

 

家庭を守るだけに特化した

感情の見えないそんな人でした。

 

 

 

 

現代では母親という役割を

途中放棄してしまう人も多く

 

まぁ。。。本当に悲しいかな

一部、そういう時代になってしまっている

訳なのですけども。

 

 

 

 

親が一番に守るべきは

話をきいてあげるべきは

向かい合ってあげるべきは

 

 

子どもだと思うのですね。

 

 

最後まで子どもの味方にいてあげる事や

本当にこどもにとって良い事を

 

体をはって体現することだとおもうし

 

 

 

 

子どもが頑張ってるのを

けなしたり罵倒したり

 

おどしたりするのは

やはり違うと

 

 

私は思うのです。

 

 

 

 

特に、

 

腕力や、涙で脅すのは良く無い。

 

 

 

 

罪悪感で子どもを言う通りに動かすのは

ほんと、だめだなーと

思ったりします。

 

 

 

 

ちょっと前に、恥ずかしながら

80歳近い母と大げんかしまして。

 

 

 

 

 

本当に絶望したんですね。

まぁカウンセリングしてますから

大体はのらりくらりかわしてたのですけど

 

 

プライベートで色々あった時

タイミング悪く母のネガティブ攻撃を受け。

ほーんとにめずらしくパニックになり

 

 

 

 

私が止ってしまいました。

 

 

 

 

母を受け入れなければ

私は一生この人に愛されない。

 

 

パニックになりながらも

初めて、私はそれにNOと言えたようで。

 

 

私は母が施した負の呪縛から

開放された気がしました。

 

 

 

 

 

事実、その後

全てが上手く纏まり

 

 

初めて、母から謝罪されました。

 

 

 

今まで自分が悪いなどと

いわなかった人が

悪かったと。

私に謝りました。

 

 

 

 

未だに私は母に感謝はしていますが

愛情を見いだせません。

 

 

 

 

本当に残念なのですが

今はそれでいいのだと思います。

 

 

 

 

愛情を見いだすのに努力をしすぎると

心の息が出来なくなって壊れてしまうのを

 

 

この年になって漸く学びましたから。

 

 

 

 

愛を感じない人に

精神的援助を求めるのは

不毛なのかもしれない。

 

 

 

 

親だから

無条件に愛してくれるはずだったけど

味方でいてほしかったのだけど。

 

 

だけど、あなたが親に

それを感じないなら

 

 

私がそうであったように

 

 

それはそれで無理に

愛を見いだそうとせず。

 

 

親以外から与えられた沢山の愛で

めいいっぱい深呼吸をして

 

少し調子を整えるのも

いいのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

今日、少し遠出をして

 

 

古い時代から存在する沼地がある森へと

足を運んだのですが

 

 

 

急に久々に孤独の波に飲み込まれ

台風の影響でざわめく強い風の中

 

 

また少し心が止ってしまいました。

 

 

 

 

 

愛されたいけど愛されない。

無条件で愛されたい。

 

 

愛されたかった。

 

 

 

叶わなかった思い

 

 

 

絶望と孤独 

 

 

 

 

そうだ私は孤独だった。。。

 

 

 

 

開いた闇の祠にはしごを下ろし

深く深く下る。

 

 

下っていったその闇の底に私は

とても懐かしい

ピンクのガーベラの花束を見つけました。

 

 

 

 

その花束は大昔、

友人が誕生日にプレゼントしてくれたもので

 

 

その子に一度だけ

私の孤独をぶつけた事があります。

 

 

その子だけが、ずっとそばにいてあげるよと

言ってくれた唯一の人でした。

 

 

 

 

今まですっかり忘れてました。

闇の中でガーベラを見つけるまでは。

 

闇の中のガーベラはあのときのまま

彼女の愛を体現していました。

 

 

 

 

その子とは学校が離れてから

音信不通ですけども

 

 

 

彼女のくれた花束は

ずっと私の闇の中にあり。

すっと、側にありました。

 

 

 

 

 

この仕事に就く事になり

自分の中から光を見いだせる様に

なった私でも

 

時折、闇に下ります。

 

 

 

でもね、闇を照らす灯りを

ちゃんと持って下るから

 

 

私は孤独ではなかった事を

今日、証明する事ができたんです。

 

 

 

そして闇の中に「愛」を見つけました。

 

 

 

 

私はガーベラをくれた友人の

「あなたの孤独に応える」という

愛に救われました。

 

 

あんなに大好きだったピンクのガーベラを

部屋に飾らなくなったのは

 

もしかしたらずっと枯れずに私の中に

あったからかもしれません。

 

 

 

 

 

さざめく心の波を止めてくれた思い出。

思いだせて良かった。

 

 

 

こういう愛もあります。

 

 

 

本当に有り難い気付きでした。

 

 

 

 

 

もっともっと、いろんな愛があると思います。

私の気付いたのはほんの一部ですが、

 

みなさんの何かの閃きと気付きに

役立ちます様に。

 

 

 

明日は乙女座の新月であり日蝕。

新しい変容が暗闇に隠された

愛を見つける手がかりになりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | メッセージ | 00:22 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
愛にがんばりすぎて疲れ果て、ようやくNOを言えたところでした。
まさに愛の呼吸を整えているときに、この文章に出会えてよかったです。
| くらぽん | 2016/09/06 3:52 AM |
*くらぽんさん*
書き込み有り難うございます。御役に立てた様でなによりです。愛って色んな側面があるのでほんと様々な在り方があると思うのですけど、やはり自分らしさから自然に溢れる愛が一番なのかしらと。。。一番難しいかもなのですけどね(^^;; 愛の呼吸、焦らずゆっくり整えてくださいね!
| 桂榊 | 2016/09/07 2:14 AM |
光も闇もみんなひっくるめての自分ですよね。
時には怒りや拒絶でさえも相手に愛を気づかせる手段となると最近実感しました。
大げさかも知れませんが
最期のひと息まで人生は修行ですね笑
またお話したいです(^^)
| jonny | 2016/09/12 7:39 PM |
*Jonnyさん*
お返事ありがとうございます。そしてものすごくお返事遅れてごめんなさいね!愛って意味以上の余韻があるから、それが辛い時もあるし悲しい時もありますね。
是非またお話しましょう!
| 桂榊 | 2017/07/29 1:33 AM |
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