blog index

Magical Visions

フォーチュンテラーのイロイロ
あけましておめでとうございます!

みなさま!

あけましておめでとうございます。

桂榊でございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

去年ギリギリセーフで書き上げさせていただきました

お父さんの事、これで漸く私なりに区切りがつけれた

かしら〜〜。。と、思っております。

 

 

もう少し書き足したい事もあったのですが

それは別の機会で書かせていただければ

いいかなぁと思いつつ。

 

 

 

父のことをブログに書いてる最中に

私の大切な人も天に帰られて

その時の全てをパートナーさんが文章で残されて

いるのを拝見し

やはり人の最後の瞬間

そしてその後というのは

非常にドラマティックなんだなぁ。。。と

 

改めて痛感いたしました。

 

 

 

ブログを認めるというのは

「振り返る」という意味合いも強く

どんなに思った強い感情も

時間や脳内のシナプスの繋がりが

うっすら薄くなることで

どうしても忘却しちゃうもの

なんですが。

 

外部記憶を残して

そしてその時に感じたことを

共有させてもらうのは

本当に大切な行為だなぁと。

 

 

 

ツインレイのことから

結構熱く書き始めているのですが

私はレイという呪いを解放する術を

探し続けてるのかもなぁと

改めて思いました。

 

 

私はあんまりレイ関係の発信されている

他の方の情報を入れない様にしていて

 

私が感じたことや

降ろされたことを軸に

伝えた方がいいことを

お伝えしています。

 

 

私の書いてる文章全てに言えることだと

思うのですが

 

ほんと自分がピンときた部分だけ

持って帰ってもらえたらそれでOKで

自分が書いてることが

全ての人において正しいとは

ほんとに思ってません。

 

もっとすごいこと書いてる方も

いると思うし

 

 

 

レイとは「片割れ」で

向かい合うということは

自分を認め、愛する行為に

非常に近いです。

 

愛し合って当然なんですよね。

 

でも

 

全く魂の質が違う動物たちが

私たちを愛するため

愛されるために

虹の橋を飛び越えて

やってくる

 

そしてわたしたちも

彼らの愛に共鳴して

新しい感情を得る。

 

 

これこそがこの世界の

奇跡なのかなぁと

最近思います。

 

もちろん

レイとの共鳴も奇跡です。

 

レイとは神から与えられた

純粋な「愛」の光の復古であるなら

その復古した「愛」が

新たな愛の可能性を紡ぐのでは

ないかなと思います。

 

レイ同士のそれは

究極の愛かもなんですが

人間は魂+体の存在です。

 

その歓喜に精神は高揚しますが

脳内ホルモンやざまざまな感情の変化に

フィジカルボディがが耐え続けることが

できるのかなぁ?というのが

私の最近の研究課題です。

 

 

まぁそんな感じでございまして

今年はざっくばらんに

ブログも更新していければなと

思っておりますので!

 

 

ふっと思い出したら

また覗きにきてくださいね(^^)

 

みなさまいつもありがとうございます!

これからもどうぞよろしくお願いいたしますね!

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなオトンの人生卒業式(エンディング)

さて2108年まであと数時間。。。。

このお父さんの出来事をしっかり書き終えて

新年を明けますです!!

 

 

というわけで長々と1年かけて書かせていただきました

このシリーズ完成です!!

(そしてこのあとhpの更新が残ってますが。。。。!)

 

それでは壮大なエンディングへ〜!

正月早々ここ見ちゃう人はごめんさいねー!

でもめでたい終わり方なので(><)

 

 

 

 

 

父が亡くなる一ヶ月前に

わたしのおじさんに当たる母の兄が

入院の末、天に帰ったのですが

そこの親族が体を一度家に戻してやりたいと

一旦体を引き取り自宅で「寝ずの番」を

していた時、

おじさんの体の中に溜まっていた腹水が

溢れ出てしまって大変だった。。。という

そんな話を父は聞いて

「おれは死んでも家に帰なくてもいい」

そう言っていました。

 

 

家族みんなそれを聞いていたので

病院から葬儀屋さんに連絡し

葬儀会場のセレモニーホールに

そのまま父を送りました。

 

その後私たちは一旦家に帰り

宿泊準備を携え

セレモニーホールで寝ずの番

と、言っても今はうずまき型の

8時間燃えてくれるお線香などが

あるので、しっかり番はしなくても

大丈夫なのですが(^^;;

 

父と最後の夜を過ごしました。

 

家族葬で、、、ということで

小さく収めようとしたのですが

どこからと父の訃報を聞きつけ

沢山の人が集まってくれて

 

とても賑やかで

悲しさというよりも

アットホームで

穏やかお葬式になりました。

 

父の遺体なんですが、

本当に最後まで死んだように見えず

お顔を見てくれた人全員が

「まるで寝てるみたい?!」と

驚かれていました。

 

お葬式の後

父は荼毘に付され

 

生身の体が焼き清められ

そこに残った

父を支えた大切な骨格は

本当に立派なもので

80を大きく過ぎた老人のものとは

到底思えない見事な姿でした。

 

 

骨壷に全ての骨格が入りきれないので

一部ずつ、少しずつ納めていき、

最後は頭蓋骨をお骨を拾う箸の先で

ぐっと押して割り

頭のお骨を納めます。

 

 

その最後の役を

何故か私がすることになり

少し躊躇しましたが感謝をもって

父だったものを押し壊しました。

 

 

おつかれ、お父さん。

 

 

 

 

お葬式のプランを決める際、

父はとっても花が好きだったので

ドン引きされてもいいから

花盛りだくさんにしよう!

 

ということで

小さめの会場は花で溢れかえり

とっても美しかった。

 

その花が父のお棺にどんどん詰められて

父が花に埋もれていく様が

これまたとても素晴らしく

 

胡蝶蘭がまるで顔から羽を生やした

ケルビムの様に置かれていく時は

ちょっと笑いそうになるくらいで(苦笑)

 

それぐらい、父からは本来、死が持ち合わせる

「悲壮感」を感じない状態でした。

 

何度も死にそうな人生を乗りこなした父は

ようやく死んでもおかしくない年齢まで

たどり着いて

 

そして本当に良い最期。。。

(というと不謹慎だけど)

 

でも本当に最後の最後は

4時間くらいの苦しみで済んで

死ぬ前日には家に帰れて

 

沢山の人に見守られて

本当に良い終わりだったと

思います。

 

 

 

若い頃は父の在り方に葛藤があり

元々私は感性優先の性格で

私の芸術的、音楽的側面に

全くもって理解を示してもらえず

環境を恨んだこともあります。

 

 

でも、この最後の運命からの

愛され方を見て

父はやはり天の目、地の目から見て

良いことを行なっていた方の人だった

ということなんだろうなぁと。

 

羨ましくもあり

尊敬もあり

またその血をいただいてることに

改めて感謝しました。

 

 

 

お葬式の最中父方の従兄弟から

こんな話を聞かされました。

 

父は地元では有名な番長で

「やっての○○」(○には父の名前が入りますw)

と、言われていたそうです。

 

「やって」は「やり手」の略で

ケンカとなれば即参上

いじめられてる子がいたら助けたり

台風の暴風の中、年少さんの手を引いて

学校に登校したりと

 

その地域では知らない人がいない位の

有名人で、またその大半の人が

助けられたことに恩義を感じてるんだよ

 

寝耳に水の

父の知らないお話。

まーーーったく知らないお話で

一緒に聞いてた兄もびっくりで

 

それをドヤ顔ではなさなかった

そんな父もまぁなんというか

すごいなぁ。。。と

 

改めて感心でした。

 

 

 

 

ただし、いくらすごいすごい

感心するっていったって

「完璧」な人はいません。

 

というのも

 

父の趣味の園芸

びっしりと置かれた植木鉢大小含め

200ほど。。。

 

屋根裏に突っ込まれた

壮大な「遺物」

さらに

父はびっくりするほどいろんなものを

買いだめして、それを処分せず

天国にいっちゃったので(苦笑)

 

私たちはそりゃもう

ものすごい大変な遺産整理を

余儀なくされたのですね。。。。

 

いつ私もどうなるかわからないけど

荷物は色々わかる様にして

みんなに迷惑かからない様に

しなきゃなーーって

反面教師的なアレですが

 

天国のおとうたま

 

いくら腐らないからといって

30年前のサランラップ(大量)

15年前のテイッュペーパは

ちゃんと処分しようねっっっw

 

今度生まれ変わったら

ほんとよろしくだょおおおおお

 

 

 

父の死後

もんのすごーーい懐かしい柄の

サランラップを使い切るという(苦笑)

我が家のミッションは現在も続行中でして

そうやって父の思い出がどんどんと

増えていっているという感じです。

 

 

 

葬式の後、こっちの家賃と必要な書類のために

慌てて東京に帰りとんぼ返りで慣れに戻ったり

元旦早々母と大げんかして家を飛び出して

いい歳しての家出娘とか(苦笑)

 

その後も母の暴走は続き

久々に精神と体が追い込まれる

緊急事態に陥ったりもしたのですが

ようやく父の死の1年を経て

母も私も落ち着いて

 

ようやく一安心。

 

 

 

天国の父も安心してくれてると

いいなぁと思います。

 

 

 

 

父は体をもって

もう年を超えれませんが

私や家族はまだ

この年を経るという

大縄跳びを

こなせてもらっています。

 

 

生かされている。

でも「死」は必ずやってくるんですよね。

 

人としての1つの「あり方」を

父には学ばせていただきました。

 

 

心からの感謝を。

 

 

お父さん

生きてる限り

年をしっかり越していくね。

 

 

 

ありがとう。

そして2018年を迎えます。

 

 

 

 

*やってなおとんの人生卒業式おしまい*

 

 

長丁場おつきあいありがとうございましたーーー!!!

2017年の内に書き終えれました〜〜!

みなさま本当に感謝です。

 

 

これからグリーフケア(見送った人を癒すケア)って

すごく重要になってくると思うので

どういうアプローチかはわからないけど

私のできること、していこうと思っております。

 

さてさて

来年からはブログも通常運行に

戻ると思いますので

 

わたしのささやかな気づきをシェアして

いただければ幸いです。

 

ではでは!未来にむけてレッツラゴー!

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(変調)

明日といいながら書けなくってもうしわけないです。

今年中に書かなきゃ。。。と思い書き続けることにしました。

 

 

去年の12月に父が亡くなってやっと1年すぎたけど

もう3〜4年も前の話みたいで。

それぐらい濃密な1年を過ごしたんだなぁと振り返りでした。

 

さて変調。

 

 

ここからはスピリチュアルな視点を混ぜて

書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

父の容体が急変してから看護婦さんが酸素を取り入れる

装置や負担を楽にする措置をしてくれる間

私たちは外の休憩室の方に移動していました。

 

 

自動販売機で各々飲み物を買った後

 

兄は泣き崩れる

母は朦朧とする

 

そんな中淡々と話し合いをしていました。

 

 

ふっ。。。と、首を右に傾けると

以前父がいた相部屋の病室が見えて

ちょうど父がいた場所に

すーっと西日が差し込みました。

 

 

その時、直感的に

「ああ、やっぱり父は逝くのか。。。」

と、腑に落ちて。

 

 

惚けた頭で目の前の

座ってない椅子を

ぼーっと見ていたら

 

 

そこに「父」がいました。

 

子供の頃よく見かけた

ジャケットと

なぜか帽子をかぶった父。

 

 

父はすでに霊体で

「すまんな もうすぐあっちいくから」

と、笑顔で答えていました。

 

 

 

多分昏睡状態で霊体が半分剥がれてたのでしょう。

 

 

私は何もいえず、

なんとなく頷くくらいで返事を返したように思います。

 

これは目の前の母と兄にはいえない。。。

さてこれからとこの後のことを

よいこらせと背負うしかないなと

また心のタスキを引き締めたのでした。

 

 

それから病室に戻ると

父のベットの上の方に

黒い犬が視えました。

 

 

鎖でつながれいてるのですが、

その鎖を握る「手」だけは見えるけど

「手」の主。。。

誰がその犬の飼い主かは

最後まで分かりませんでした。

 

そして視界からフッと

犬が消えて

ゼイゼイ喘いでいた父の呼吸が

ゆっくり、ゆっくりになり

なんとなく

父の反対の手を握ってあげようと

席を移動して

父の右手を握った時

 

 

ビーーっと

聞きなれない機械音がして

慌てて看護婦さんたちが病室に

駆け込んできました。

 

 

そして程なく

お医者様からご臨終ですと

伝えられました。

 

 

黒い犬が見えている間

父の急変に駆けつけた親族全員で

お父さんに「感謝」を伝えました。

 

パニックになって泣き叫ぶ親族もいたけど

軽くハグをしてなだめて

一番大変な父が嫌な気持ちにならないように

なるべく対処していたりして

 

助けてもらったみんな

育ててもらった私たち

守ってもらった事

 

ひっくるめて

 

「ありがとう!ありがとう!」

 

感謝で父の卒業式を

父を見送りました。

 

 

こうやって父は肉体のくびきを解かれ

体と別れを告げ

純粋な魂へと変容したのでした。

 

 

 

父の容体が急変して

慌てて連絡を取り

駆けつけてくれた親族含めて

10人で父を見送れたのは

本当に奇跡的でした。

 

 

 

私は父が43歳の頃に生まれた子で

いとこは10歳以上離れてる感じで

お家の周りのご近所も高齢の方が

とても多かったりします。

 

その所為でというのも何だけど

ご近所の方が天に召される経験も

まぁそれなりにしていたりします。

 

 

 

私はこういう仕事をしているので

「運命」というものを考察して

この先の閉ざされた運命を開く

「幸運の鍵」を見つけることを

使命として生きています。

 

 

楽々と人生を生きるための

ツールとしてのスピリチュアリズム

それも大事だけど

 

悔いても悔いても

許されず

でも許されるなら

心から魂から

悔い改めて

「先」へ進みたい。

 

そんな人のための

希望を

紡げたらと思っています。

 

 

 

自分のやったことを

「忘却」して

ヘラヘラ生きてる。

 

そういうのも

ありなのですけど。

 

なんせ、この宇宙は

自由意志の世界なので

肯定はされます。

 

 

でも宇宙にある

「アカシックレコード」には

全ての行動が記憶されていて

「閻魔様」や「宇宙の理」というのは

それを判断材料にして私たちを

吟味しているのだと思うのですね。

 

この宇宙に降りてきた理由に

地球に来た理由に

この時代を選んだ理由に

 

自分の生き様がそぐわなければ

あっという間に宇宙に

「淘汰」されるのかしらと

 

いろんな人の人生を

拝見しつつ

思う所があります。

 

 

 

寿命ってのも有りますから

それが全てではありませんが

 

好き放題やって大丈夫なのは

50歳くらいまでで

60の壁を超えれるかどうかは

 

自身の天命を受諾し

宇宙に必要とされているかどうか?

それはとても重要なんではないかなと

思います。

 

 

わがままな人は

ストレスがたまらないので

結果、体との親密度が増して

長生きする傾向があります。

 

その分、周囲を振り回すので

何らかの「罪」を生むことには

なると思いますが

 

それは天から与えられた「使命」なら

咎を受けることはまずないでしょう。

 

 

でも大概、80歳になると

運命の清算時期に入り

今までの帳尻を合わせる流れが

やってくるようです。

 

無理をしてた人には無理が

人の自由を奪っていた人には制限が

押し付けていた人は押し付けられ

 

善業には善業が

許した人は許されて

 

天の利にかなう行いをしていた人には

その報酬が、何らかの形で

与えられるのだと思います。

 

 

死に際というのは

一番の総決算で

 

人にほんとに大変な時を

無条件で何度か救ってきた父は

本当なら東京にいるはずの娘や

たくさんの親族に見守られて

最後を終えることができたのかしらと

 

 

そして、きっとそうなんだろうな。。。

というケースを残してくれた

父に本当に感謝です。

 

 

父は最後に「死に際」を見せてくれました。

美化できるものではないけども

それはとても大きな経験でした。

 

 

浮ついたポジティブよりも

優しい言葉よりも

強くそして人を平等にする「規律」

 

 

どんな人でも

必ず死ぬ。

 

どんな境遇、環境

ポテンシャル、運の良し悪し

羨ましいこともあったりで

色んなことが不平等で

やるせないこともあるけど

 

 

死は人を平等にする。

 

 

そうなんだよな。

羨むよりも何よりも

死ぬまでに

いっぱい いろんなことしよう。

 

魂は永遠なんですが

(たぶんん死んでも思考したり発信してると思うのね)

 

食べたり笑ったり文字を書いたり

触ったりというのは

 

体がないと出来ない訳で。

 

 

勿論、体のことを無視して

暴飲暴食や快楽に陥るのは

ダメ!ゼッタイですが

 

 

生きるというのは

そういうことなんだなと

人の死を見とって

1年過ぎて思うことでした。

 

 

そんなこんなで父は

人生を卒業しました。

 

 

その後の後日談を

年内にはかくぞっと。。。。

がんばろうわたし

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(サビ続き)

というわけでサビの続きです。

できれば今月中に書き上げたい所です。。。

 

*少しだけ宣伝*

11月18日(土)から11月21日(火)まで

沖縄セッション会を開催しております。

沖縄の皆さんは勿論の事、沖縄でセッション

受けてみたい!という稀有な方(いるのか?w)

いましたら是非どうぞ〜!

 

詳細はこちらからー。

11月沖縄セッション会のおしらせ。

http://blog02.fortunecookies.ciao.jp/?day=20170927

 

様子次第では日曜に久高島と斎場御嶽にいこうかなーと

思っておりますごにょごにょごにょ。

 

 

さて続きを書いていきましょうか。

 

*****************

 

早朝。

 

うとうととしてる最中、車の音がした。

多分母が矢も盾もたまらずに

父の用事をしに出ていったのだろう。

 

まぁいいや。

それは想定内だ。

 

 

目はつむっていても

心の目は開いている。

 

そして

眠だるさと緊張と

嫌なドキドキが止まらない。

 

 

とりあえず

父は一番安心な場所にいる。

 

安心しよう。

 

 

 

 

そして

眠ろう 眠ろう。。。

 

 

 

 

とはいうものの

 

 

まぁね

眠れるはずがないのです。

失恋した時と一緒です。

 

 

 

こういう時は

寝たふりをしよう

寝た事にして

騙し騙し

なんとかして

復旧しようなのです。

 

 

 

うつらうつら。。。

 

 

起きてるのか寝てるのか

よくわからない中

 

10時半頃だろうか?

母の車が帰ってきた音がした。

 

それに併せて

私は布団から抜け出した。

 

 

 

どうやら母は病院に行っていたらしい。

父が救急車に運ばれる時、なにやら

声にならない言葉を出していたのだけど

 

「入れ歯〜!」だったらしい。

 

 

母にはそれが聞こえていて

朝一で届けてきたそうだ。

流石、流石だわぁ。。。

長年付き添ってきただけあるなぁ

少し感心したのでした。

 

 

入れ歯を持ってきた母に

父はいつものように喋りかけ

「桂はもう帰ってしまったのか?」と

まず話かけたらしい。

 

 

ぼやけながらそれを聞いて

言葉にならない歯がゆい思いが

ズンと込み上げてきたのだけど

 

朦朧とした意識で心が麻痺してたから

さっと気持ちを切り替えて父の容体を

聞き返すことができた。

 

 

 

母が見る限りは

父の容体は安定していたらしい。

 

 

だけど

昨日の様子からしても

たぶんヤバい。

激ヤバである。

ちょー激ヤバの

ギガMAXペガサス昇天盛りである。

 

 

 

てなわけで私たちは

父の「本番」を迎える準備を

しなきゃいけないなという

回避できない「重い答え」を軸にして

どう回転するかを各々考え始めていた。

 

 

とにかく、

一度病院へ行こう!!

 

そういう事になり家を出発し

12時頃に病院に到着。

昨日の運ばれた個室に入ると

ひどく荒い呼吸を繰り返す父がいた。

 

 

 

 

ちょっ。。。

ちょっとまって!?

さっきの母の話と全然違う。

 

違いますやん??

ど、どゆことよ。。。

 

 

 

何かの間違いかトラブルかと

看護婦さんにお話を聞けば

朝は体調が安定していたが

母が帰った位から急に

呼吸が乱れ始めた。。。

と、云う事らしい。

 

 

 

初めて聞く呼吸のリズム

子供が泣いたあとの

独特のアレに近いけど

 

違和感というか恐怖というか

改めて父の状態が

非常にヤバイと

私の中が静まり返り

ざわざわし始めたのでした。

 

様子を見ていた看護婦さんでしたが

数名で父の病室に入ると慌てて

酸素吸入器をつける準備を始めた。

 

看護婦さんがついてるから

とりあえず私たちは病室から移動。

休憩スペースに座って話し合い。

 

私は結構体力が限界だったので

家で寝たいと申し出たけど

兄がそれを止め

私がこのままいたほうがいい

そう言いました。

 

 

酸素吸入器が取り付けてもらった

父を見にいくと、すこしだけど

楽になっている感じがした。

 

けれど

看護婦さん曰く

 

「必死で自力呼吸されています。

とりあえず酸素いっぱいまで

上げてますから

少しは楽なるとは思いますが。。。」

 

 

「今日は泊まり込みの準備を

していただいた方が良いかもです。

今晩が「山」になると思います。」

 

 

母、兄、私は病室の外に出て

休憩スペースで緊急会議。

 

 

会議の結果、母、兄が家に帰り

もしもの為に親族に連絡。

泊まり込みのいろんな準備。

そして私がここに残り父の側にいる

という事になった。

 

 

偶然

近所のおじさんも同じ病院に

入院していて

会議中の私たちを見つけ

挨拶しにきた。

 

父が個室に入っていることを知ると

開口一番

 

「あんな陰気臭い病室にいれられたんか。

あっこはワシャ大嫌いや。

なんせあそこ入ったら出てこられへんの多いんや。

はよ出したれ出したれぃ!!」

 

と、元気はつらつに物申された。

 

 

そら出してあげたいけどね。。。と

家族で苦笑い。

 

 

でも三人とも解ってた。

 

 

一昨日までの父の姿を

見てたら絶対に

「一時的」だって思うもん。

 

責めれませんそんなの。

 

この状況

誰も責めれないさ。

 

 

父、人生の卒業式まで

あと3時間と少し。。。

 

 

 

********

 

続きは明日に!!

小刻みですいません!!

 

(めずらしく連載中)

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 02:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(サビ)

みなさま大変お待たせいたしました(><)

やっと再開。

これ早く書き上げて次行かないと

いろんなメッセージ降りてきてるので。。

 

と慌て始めた私です。

また長いですが、お許しを〜〜!

 

それでは続きをいきましょう!

 

 

****

 

まだ空は真っ暗だけど

空気はすでに朝。

 

救急車が止まり

ハッチが開けられた。

先に私が降りて

そのあと父が降ろされた。

 

待っていてくれた

病院の職員さんが

私たちを誘導し

 

父は病院へ運び込まれた。

 

 

 

 

奈良の冬の夜と朝の狭間は

とっても冷たくて寒い。

あの世とこの世の狭間の様な

凛とした「何か」がある。

 

 

 

特に私たちの住む地域は

盆地のヘリに近いから

山の凛とした気が

特に良く大気に響き

 

肌と呼吸を通じて

体の中に残響を残す。

 

 

かなり奈良を離れていた私とって

冬独特の狭間の気はとても懐かしい感覚で

 

瞬間だったけど

今置かれている現状を

忘却してしまいそうになった。

 

 

 

 

 

父はそのまま個室に入り

当直のお医者様に処置を受けた。

お医者様曰く

容体は一応落ち着いたので

このまま様子を見ますとの事。

 

 

とりあえず私達は「病院」という

今の父の容体の「要」を支えるに

相応しい場所に運び込めたのでした。

 

母、兄、私共に肩の荷が降り

安堵のため息。

 

とりあえず病院を出て

兄の車で家に帰りました。

 

 

家に帰って軽く家族会議。

もしこのままなら

本格的な入院になるだろう。

 

ベッドから動けなければ

オシメ生活。

とりあえず朝一でオシメを購入し

病院に届けなきゃと母。

 

ちょっとまってまって!!と

慌てて止める私たち。

 

 

と、とりあえず今日はゆっくり寝て

昼に動こうよと母を諭す兄と私。

 

しぶしぶ了承した母をみて

またしても謎の安堵。

 

そうなんです。

母はやらなきゃスイッチが入ると止まらない。

「してあげなきゃ暴走機関車」なんです。。。

 

ただ、今は過労があるから。。と

いつもなら止めないんだけどね。

 

まぁ気が高ぶって

ねれないだろうなぁ、、、と

わかっていたけど。

 

とりあえず私は

布団に入って

少しだけ目を閉じたのでした。

 

 

 

 

 

私たちは限界まで頑張ったし

あのまま家にいたら

もっと大変な事になっていた

かもしれない。

 

 

 

父は「気合い」で

一時帰宅を勝ち取りました。

 

が、

 

私たちの想像以上に

父は限界を超えた状態

だったのでしょう。

 

 

 

 

振り返り今、思うに

 

 

 

 

もうその先の「死」という

ゴールテープに

手が届く状態の人たちに

その最後の最後まで

諦めず立ち向かおうとしてる

 

最後の輝きに対して

 

まだ人生の折り返しも

見えてない私が

私たちが

何をしてあげれるだろうかと

考えることも大事なんだけど

 

 

本当にこの世の「最後」を

輝かせようとする存在達に

この世がまだ残ってる私たちは

ただ見守り

好きにさせてあげる事。

 

それくらいしか

出来ないんじゃなかなぁって。

 

 

 

今回の父のように

 

 

肉体の限界を超えた所で

必死で生きようとしてる

そんな存在には

これ以上の何かなんて

必要無いのかもしれない。

 

 

 

私たちが出来るのは

限界以上に頑張るの

彼ら、彼女らが

それを

出来なくなった時。

 

 

そうなんです。

 

 

私たちが踏ん張るのは

あの人、あの子達が

頑張りを諦めた後。

 

そこ、間違ったら

すごく後悔する。

 

 

だって死は絶対なんだもん。

そして死はその人だけのものだから。

 

 

もちろん

ものすごく迷惑かけて

旅立たれる魂もいるから

もう何もしたく無いって

思う方もいると思う。

 

 

それはそれで、

あなたの代わりに

対処してくれる存在に

お願いしますって

任せた方がいい。

 

だって今まで

何もしなかった訳では

無いでしょ?

 

 

世の中には残念ながら

人に擬態してる

「人でなし」もいるので

全てに当てはまらないと

思うけれども

 

死にゆく家族や

親愛なる存在を

見守り支える中で

 

何もしないって人は

そんなには

いないと思うのですよ。

 

 

出来なかった数より

してあげた数のほうが

双方の供養に成るかなと

 

私は思います。

 

 

 

さて

 

今の私の「振り返り」は

この辺にして

そろそろ本番。。。。

 

と、いきたかったのですが

いかんせんながくなってしまったので

分割いたします。

 

更新は多分明後日くらいに。

 

(サビつづく)

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(Bメロ)

さて、やっと続きです。

なるべく早く書き終わりたいなぁと思いつつ。

 

あとちょっとだけシモの描写あるので

お食事中の人はお気をつけ下さいね。

そして結構ヘビーな内容です。

途中で無理なら遠慮なく引き返してくださいね。

(次のブログよんでもらっても解る様にはしておきますので)

 

 

またしてもかなりの長文になっておりますが、

今回も是非御つき合いくださいませ。

 

 

 

 

 

 

一昨日煙草を一服ふかして私たちを見送った父

その次の日、担当医さんから父の一時外泊が許可されました。

 

 

父は1週間くらい帰りたいと言ったのですが

お医者さん「無理無理!2日にしましょう(^^:;;」

と速攻制してくれて、晴れて父は10日ぶりくらいに

我が家へと、奇跡的に帰れる事となりました。

 

 

父の一時帰宅は土日。

 

 

私は日曜に仕事があったので、父が家に帰って来たのを

見届けたら東京に帰ろうと思い自宅で待機してました。

前日までの病院の状態を見てる限りは、本当に普通だったし

何となく大丈夫だろうと、少々胸を撫で下ろしてました。

 

 

 

 

なにより、この家に父が帰ってくる。

それがとても嬉しかった。

そんな感じで、車で病院に迎えにいった兄と母を

今か、今かと待っていました。

 

 

 

しかし、待てども待てども車は来ず。

 

 

少し不安になっていましたが

1時間半ほどして、兄の車が到着。

 

 

車から父が出てきましたが

 

 

立つ事も出来ず

歩く兄の力を借りて進む

そんな見た事のない姿の父が

そこにはありました。

 

 

車から出るのも精一杯の状態の父が

「大丈夫だ! 歩けるっ!!」と

勢いだけで怒鳴りつけます。

 

 

 

 

一昨日と全く違う姿に

驚きを隠せない私。

 

 

 

 

 

一体、何があったのかと兄に聞くと

病院を出る際にトイレに行った際

尻餅をつき動けなくなったそうです。

そこから調子がおかしくなり

一時帰宅を取りやめた方が良いのでは、、、と

兄と母は病院側に相談したのですが

 

 

もしかしたらこれが

最後の帰宅になるかもしれないので

出来れば返してあげほしいと

看護婦さんたちからの提案があり

様子をみて回復してきた父を

頑張って病院から家まで

つれて返って来たとの事でした。

 

 

 

車に乗るという行為自体もとても辛く

車の速度を落としたり

何度も車を止めて休憩し

本当にいつもの何倍の時間をかけて

病院から連れて返って来たとの事でした。

 

 

昨日の夜の内に二階にあった父のベッドを

一階の応接間に移しておいたので

そこに父を運びこみましたが

 

 

それに対しても

 

 

「何で勝手な事をする!」

「俺がベッドを降ろしてしようと思ってたのに!」

 

 

と、

私たちに暴言を吐く父。

 

 

ただ、

その声は空元気で本来の力がなく

言うだけで瀬一杯なのは

家族全員解っていて。。。

 

そういう感じの

不満をいう父は

我が家ではいつも通りな感じで

 

 

父は

いつものおきまりの定位置

寝転んでテレビを見ていた

ソファーの位置にある

ベッドに寝転び

 

 

 

いつもの土曜の昼間のように

TVを見始めたのでした。

 

 

 

 

 

父にとって

テレビは魔法の箱。

 

 

戦後間もない

廃退感漂う日本

 

復興の足音がようやく

聞こえ始めの頃。

 

 

情報や娯楽が今ほど

いやほぼ無かったようで

 

テレビをつけると

そこには明るい世界があり

またテレビがあると

それを目当てに沢山の人が

家にやって来て

一気にみんなの心を楽しくさせる

すばらしいものだったようです。

 

 

 

 

 

特に父は戦争の最中に

おじいちゃんが家業を潰したり

父の母が床に伏せて

寝たきりだったりで

 

 

想像出来ない位

散々な状態だった中で

 

 

高額だけどそれを持つ事で

自分の自信にもなり

みんなも元気にさせてあげる事が出来る

テレビという電気製品は

 

どんな時も父を強くし、そして癒す

魔法のようなものだったのでしょう。

 

 

 

 

 

テレビの魔法のお陰で

 

何となく父は

落ち着きを取り戻しました。

 

ただ、私の勘は告げます。

この2日間、絶対何かあるぞ。。。

 

 

あー。。これは家族みんなを置いて東京帰れない。

即、私は年末まで決まっていた仕事のキャンセルし

このまま奈良に留まる事にしました。

 

 

 

その後、兄と私と母は

緩やかに確信した

何か嫌な予感の為に

 

私たち今出来て、そしてこの2日の乗り切る為に

それなりの対策をすることにしました。

 

 

 

 

まず介護用のトイレ。

あの父では絶対トイレは無理であろうと

慌ててその手のお店を回って調達しました。

 

一時帰宅終了の際に、もう一度兄の車に

乗せる事は難しい。ほぼ無理だろう。

はてどうするか?となんとか探した結果

介護専門のタクシー業者を見つけ

事情を話して対応して貰える事になった。

 

 

歩けないかもしれない父のために

車いすのレンタルを探していたけど

有り難い事に、介護タクシーの方が

送迎時に一時的に貸してくださると

いうことになり

とりあえず解る限りの不安に対する

対処は施す事が出来たのでした。

 

 

 

家では一番強い存在で。

威厳のある自分でいたい。

この家を自由にできる

それが父の確固たるもの。

 

 

 

そんな父が

 

 

いつも家にいた調子で

何かしようと思っても

出来ないのです。

 

 

 

 

 

でも父は

もう歩くのも無理な筈なのに

 

 

頑張って立ち上がり

壁をつたって

トイレに行き

 

自分で用を足して

フラフラしながら

ベッドに戻ってきました。

 

 

私に

「用をたしてもずっとスッキリしない。。」

とぼそり呟き。

「黒い便が出てるから、治ってない。。。」

とボソリ。

 

トイレにいくたびに

生まれてずっと出してたものが

全然違うものになっていって

 

 

匂いも形もスッキリ感も

全然違っていて

 

 

なにより

これが出続ける限り

自分は病に

犯され続けているという

事実を

目の当たりにする訳ですから

 

精神的に

本当に辛かったろうなぁと。

 

 

 

父の過去の病歴は結構凄く

人生の内で二度ウィルス性の病気で死に近づいてました。

 

手術の前の家族を含めた説明の際にお医者さんが病歴を見て

びっくりして二度見してたのが良い思い出です。(苦笑)

 

そんな過去があり

父は二度で絶望の渕から生還した人な訳で

超えて来たからこそ強くなった父ですが

 

今回はね。。。

今回は。。。

 

 

 

 

 

とりあえず、様子をみて一緒にテレビをみたしりて

私は父の側でいつも通りを心がける事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父が帰宅して6時間程

様子を伺っていましたが

いろんな状態が重なり

 

これはあと1日

精神的に持たないと

母が悲鳴を上げ始めました。

 

 

兄も私もどうしたら良いのか。。。

本当は2日家に居させてあげたいけど

この2年間の父の入退院と、実の兄の

介護入院問題でふりまわされ続けて

精神的に限界が近い母の状態を見て

 

私たちは、明日病院に連絡し

父を病院に戻そうと決断しました。

 

 

 

 

 

母はあたかも、

一時外泊は一日だけで

明日帰る予定になってる。。という

感じの会話を

父にはじめました。

 

 

「え。。。?2日間てお医者さん言ったよな?」

 

父がそう問い返すと

母は最初から一日だったよと

嘘をつきました。

 

 

 

 

 

 

俺は何でも出来る!

出来ないのは子どもを産む事だけ!

 

そう豪語してた生前の父。

少々傲慢な言葉に聞こえますが

その裏にあるのは

 

「だからだれにも迷惑はかけへん」

 

そういう強い意思だったと思います。

 

 

 

 

そんな父の口から

「迷惑か? 俺がいて迷惑か。。。」

落胆を帯びた嘆願に近い言葉がこぼれ落ち

 

 

その問いに

母は応えられませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

父の落胆の音色には

 

トイレもちゃんといけてる

大人しく寝てる。

それでも、迷惑をかけてるか?

邪魔か?

そうなのか?

あかんのか。。。。

 

そんな思いが圧縮されていて

少し遠くで二人のやりとりを聞いてた私は

何も出来ない悲しさと悔しさを押し殺すのに

知る限りのあらゆる手段をつかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

今朝から「刻」が

おとうさんから

父らしさを奪っていく

 

 

ものすごいスピードで。

 

 

それにおとうさんは

必死に抗っていた。

 

 

ものすごく強い

意思と精神力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、おかあさんは

葉野菜をあっさり煮たものと

ご飯をおとうさんの晩ご飯に

作りました。

 

でもやはり、1時間後に

吐き戻してしまい。

処方されていた薬も

吐き戻してしまいました。

 

 

 

頼みの綱の

痛み止めも

睡眠薬も

全て

吐き戻してしまいました。

 

 

 

深夜 バタン!!!と大きな音が鳴り

あわてて下にいくと

 

応接間で父を抱えた兄が

半ばわめくような状態で

「これ以上心配させないでくれ!」と

必死に父に懇願していました。

 

 

 

 

 

どうやら夜中

応接間の照明の灯りが気に入らなかった父は

立ち上がり照明を消そうとしたようで

 

その際に一気に腰が抜け

立てなくなったようです。

 

 

 

 

父をベッドに横にして

母の部屋の前に集まり

 

 

 

これ以上はもうアカン。

そう判断しました。

 

ギブアップ。

私たちが限界。

 

 

 

 

ここにいたら父はまた無理をする。

そして状態が「悪化」する。

 

兄も母も先ほどの父の件で

心が落ち着かず

冷静な判断が出来ない状態。

 

 

うん、わかった。

 

私が病院に連絡して

父を病院に戻すよ。

そう切り出した。

 

 

 

 

結局救急車に来てもらえる事になったので

私が父に同伴することになり

連絡して10分もしないうちに救急車到着。

救急隊員の皆さんは本当に見事な手順で

父を車に運び込んでくれた。

 

 

 

 

お父さんもう大丈夫だからねー

手を握って父に話しかける。

 

 

無理してたでしょ?

家だもんね

いばりたくなるもんね。

いつも出来た事出来ないと

悔しいもんね?

 

 

 

 

心のなかで

そう父に語りかける。

 

 

 

 

父は、朦朧とした意識の中

どんな気持ちだったんだろう。

こういう形で

家を出る事になった事。

 

 

 

思い通りに

自分が思った事ではないことが

たたみかけて起こる。

 

 

わたしはそんな父の人生最後の

最終局面に付き合うことになった。

 

 

 

父、人生の卒業式まであと12時間。

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 03:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ヤッテなおとんの人生卒業式(Aメロ)

さて続きです。

今回もちょっと長くなりそうなんですが、

頑張って書いていければなぁと。。。

 

大体3〜4日のペースでの更新予定ですが

遅れちゃったらごめんなさいね。

 

 

***********************

 

12月14日に私は新幹線で奈良に戻りました。

父の顔を見に行くのは次の日という事になり

次の日の昼に母に連れられ病院へ向かいました。

 

 

憔悴しきっている訳では無く、父の入院のペースに

慣れてきた母は、今回は近くの病院での入院だった

ので前よりかは幾分とマシだと私に話したけど

 

それでもほぼ毎日病院に付き添い

なんだかんだと世話を焼いていたので

心配しつつ、我が母ながら

なんちゅうバイタリティだと

少々関心していました。

 

 

少し病院に行くのが恐かったのですが

病室にいくと合い部屋の窓側のベットに

父は寝ていて。

 

母から最近良く寝る様になってるとは

聞いてたのですが、あまり家族の前でも

寝ている姿を見せない方だったので

少々驚いていたら

 

母が父に声をかけて起こしてしまい

(そういう母ですw)

 

うすらぼやけた感じで私を見てた

父が「おお、、返って来たんか。」

 

と、声をかけた弱々しい感じに

あぁほんとうに大変なんだなぁと

少し悲しい気持ちを内側に押さえ

いつも通りの感じで会話をしました。

 

 

ひととおり話を終えて

そろそろ家に帰ろうかと

言う時に

 

同じ病室の方のご家族が

病院から遠い駅に向かうバスを

逃してしまったと困っていて

見かねた母が車でそこまで送ると

言い出しました。

 

 

 

わ、私はどうすれば、、、と

呆気にとられてたのですが、

まぁそういう母親でして。

 

 

車で10分くらいなので大体20分

まぁ寒いけど玄関で待っていればいいかあぁと

 

 

ぼーっと待っていましたが

20分経っても帰って来ず。。。

見かねて外に見にいくも

車が来る気配などなく

 

ただただ空が暮れて

最後の光が美しく

それと同時に

空しさと寒さがが増して来て

 

ああこりゃいかんと

もう一回病院もどろって

思って振り返ったら

 

 

 

 

 

 

 

喫煙スペースで

父が煙草をふかしていました。。。

 

 

ちょっっっっっっっっw

 

死にかけおいっっw

 

 

 

 

 

煙草仲間とお話してるところに

ちょっとお父さん煙草ってっw

と言いたかったですが

そこはこらえて

母があれから帰って来ないと

少々グチってみると

 

「ああ。あいつの事やから家までおくっていったんだろう」

 

と、美味しそうに煙草をぷかぷか吸いつつ

私に教えてくれました。

 

 

 

 

母は自分の子どもや家族よりも

目の前にある事を大事にしてしまったり

その中で一番しなきゃいけない事を

引き受けてしまうクセがあります。

 

父は良くそれを理解してました。

いやはや流石です。

 

 

 

 

戦後の復興期に

互いに仕方なく結婚相手を探していて

見合いで結婚した父と母。

 

私の両親は仲が良い方ではなく

私が幼少期や学生時代に

夫婦で話すことなんて

あんまり見た事がなかった。

 

父が家族を暗黙のルールで縛り

母が私に父の愚痴を洗脳のように言う。

 

 

昔はそんな感じでしたが。

 

 

 

私が家を出てから色々あって

そこから父は人を愛するという心を

ちょっと取り戻した様で

 

そこから母の見る目が変わり

 

なんというか

母を少しだけ愛し

良く見る様になったのだと

思います。

 

 

 

病室のベッドで二人仲良く座っている

父と母の姿を見て

 

幼い頃、母が手を組もうとしたのを

パっとはねのけて父が階段を上がって

しまった記憶が蘇り

 

長い長い年月をかけて

漸く仲良しになれたのかなぁと

今では思います。

 

 

 

 

一服終わった父が

寒いから上に帰ろうとした時に

真っ暗な空を引っさげて

母は勢い良く帰ってきました。

 

車から慌てて出て来て

「早く帰るで!」といって

横にいる父をみてポカーン

 

なんでいるの??っていう

話の前に煙草ふかしてた話を

したら母はちょっと吹き出し

 

父に見送られながら私たちは

家へと一旦帰りました。

 

 

父、人生の卒業式まであと3日

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ヤッテなおとんの人生卒業式(前奏)

みなさん

ものすんごくご無沙汰しております桂榊です。

 

ブログの書き込みに今気がついて

お返事差し上げました。

心当たりの方は覗いてくださいね。

 

ちゃんとチェックしたけど

お返事なかったって方は再度

書き込みしていただけましたら

お返事しますので!

 

お手数おかけしますが

よろしくお願いします!

 

 

 

さて本編。

 

 

 

 

 

やっと心の整理がついたというか、

そろそろ書きどきかなぁと思いまして

去年起こった一番おっきいイベント

お父さんの死について

綴らせて頂ければなぁと思います。

 

 

 

話題が話題で恐縮なんですけど

 

お涙頂戴 

心が辛い

苦しいをドバドバ吐露する

私の思いに共感して頂戴系

 

ではなく。。。。

 

(まず、それはしないって読んでくれてる方はわかってるとは思うけどw)

 

 

こういうお別れもあるんだ〜!

 

と、思える感じで

 

私なりの表現で

書き進んでいきますので

かなり長い文章になるかもですが

お手すきおヒマな皆様どうぞ

お付き合いいただければなと思います。

 

 

 

 

 

父は去年の12月に天に帰ってしまったのですが

 

 

私たち家族はこんなあっという間に

さっさと天に帰っちゃうとは思っていなく

まーったく準備が出来てない状態で

 

おとん様は

いつも通りのワンマン進行で

天へと旅立ってしまいました。

 

 

父の死へのイントロダクションは

それはそれは、不思議な事の積み重ねで

私も家族も超絶びっくりの

終わりよければ全て良し状態の

天の采配に溢れたものでした。

 

私たち世代がこれから通らなきゃいけない

親の他界と云うテーマと

どう向き合っていくか?

 

それをスピリチュアリティを踏まえて

書かせていただければ、

 

皆さんの「その時」に

ちょっとばかりお役に立てるかなぁと

少々思っております。

 

 

 

 

それでは

少しばかり長く

少しだけ切ない感じの「前奏」

始まりはじまり。。。。

 

 

 

 

*********

 

 

 

父の病は母の言葉を借りるなら

「現代の流行り病」だそうで

 

治らない貧血と腰痛から

通院した結果、流行り病は大腸に発見されました。

 

80歳オーバーの父でしたが

お医者さんから大丈夫だろうという事で

一昨年に手術。

 

ありがたいことに、上行結腸(大腸の最初の部分)部位だったので

この手の手術でよく聞く人工肛門をつけざる状態は回避できました。

 

 

しかし1年後、転移発覚。

 

 

前回は手術できましたが今回は年が年だけに

手術ではなく薬でなんとかしようという事で

投薬を試みましたが合う薬が全くなく

(むしろ父の命をマイナスにする感じで)

 

主治医さんと話し合った結果

このまま見守ろうということに

なったのでした。

 

 

 

私は言霊を信じる系なので

あえて父の病名を

「現在の流行り病」で書いていきますが、

 

この「現代の流行り病」が直接の死因に

なる訳ではないそうです。

 

 

父の場合は大腸にそれが出来たのですが、

死因は「出血多量による死」のような感じです。

(まぁ元凶は流行り病なんですが)

 

流行り病の部分から出血してそうなるようで

父の最後の方は輸血で命を紡いでいました。

 

 

父がこの流行り病にかかってから色々調べたのですが

大腸の場合は他の部位に比べて死にゆく際の苦しみが

幾分か楽の部類にあるとのことでした。

徐々に出血していき、血液が失われることで

緩やかに意識を失い窒息していく。。。という感じです。

 

 

肺の場合は溺れるような感じでそれはそれは辛く

脳の場合は幻覚が伴うこともあるそうで

 

そういう部分では父はまだ

良かった方なのかもしれないと

少し腹をくくりました。

 

 

 

父の転移が発覚した時

母は今後の病の進行状況を

一切父に告げないことにしました。

 

流行り病が再発したことは

父は知ってましたが

どういう状態で蝕まれているのかを

知ることなく最後まで行きました。

 

 

 

膀胱に土筆のように生えてくる

流行り病を取り除く

簡単な手術を受けた後くらいに

 

今まで自分を省み見ず、我が道を進み

自分が正しいことをしていると

疑うことなどしない父が

 

「今まで自分は(人生において)

何をしていたんだろう。。。」と

 

父ではない素の表情で

まずそんな事いうはずもないあの父が

 

今まで私が見たことがない表情で

独り言のように私に語りかけてきました。

 

 

そんなこと一度もなかったので

言われた私が驚きでしたが

 

 

兄も私も普通の人として

人として当たり前に育ててもらったことを

本当に感謝している。

 

私は、いつもの口調で

あえて、そっけなく伝えました。

 

 

 

ただとっさに最後。

「私はもう覚悟ができてるから」と

言葉を付け足したのだけ覚えています。

 

 

 

 

 

秋の終わりに

「生きてるのが不思議なくらいの状態である」

という事を母はお医者さまから聞かされました。

 

年内もつかどうか。。。というお話でしたが

 

父は相変わらずで

不調はやはりそのままですが

たまに辛そうだったそうだけど

 

本当にそのまんま

そのまんま状態でした。

 

 

 

貧血がかなり酷くなり

顔色もほぼ白に近い状態で

ちょっと動くだけで息が上がり

階段を上がれない位になりましたが

 

輸血でなんとか状態を保ち

 

それでも家に居続け

止められてた原付バイクでで散髪に赴き

なんとか頑張ってましたが

 

ある時、限界を感じ

自ら入院する旨を伝えてきたそうです。

 

 

 

父はもし、万が一自分が死んだ時のために

用立てたもの一式を母に手渡して家を出ました。

 

その時点での父の、そして私たち家族の感覚は

多分病院でちゃんと点滴と栄養のケアを受けて2週間くらいしたら

状態を回復してまたうちで数日過ごせるだろう。。。

来年はどうなるかわからないし

最後の正月になるかもだねぇ。。。。

 

そんな感じでして。

 

実に本当にこの人が後2週間後に死ぬとか思えないくらいの

雰囲気だったんです。

 

私の感覚も、父の旅路までの時間は今から2年ほどあるだろう。。。。

そう告げていました。

 

 

 

暴走し異常繁殖した細胞が、

生命エネルギーをゴクゴクと飲み干すかのごとくに

あの流行り病の末期の大半は

本当に骨と皮だけになっていくということを

私は知っていたので

 

痩せ衰え

あの強い大きな面影の父が消えたとしても

どんな、形になろうと父は父だから

 

目を背けずに

私は最後まで着きそおうって腹をくくっていました。

 

 

 

父が入院して最初の週に

私は様子を見るために

実家に帰ることになっていたのですが

東京のとある神社にお参り後、

急な腹痛でと嘔吐で動けなくなり

次の日に寝込んで動けなくなりました。

 

これはノロっぽいかも、、、

本当に苦しくて死にそうだったのだけど

次の日に病院へ。

 

 

ウィルス性の胃腸炎ということが分かり、

数日で回復すると医者から伝えられました。

 

ううう、、無念。。

こんな時に何やってるの私。。。

 

と、ちょっと悲しくなったのですが、

その神社で買った手首に巻く糸で編んだお守りだけを

実家にとりあえず送り

自身の体調の回復に努めていました。

 

 

次の週にかなり状態が落ち着いたところで、

母が「父の入院中にやっぱり一回帰っこれないか?」と

改めて連絡があり

 

日曜に仕事があるから土曜までしか滞在できないけど

まぁ3日帰れるならいいのかも。。。と、

 

病み明けの体調を押して奈良の実家に赴いたのでした。

 

 

父、人生の卒業式まであと4日。。。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 00:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
祈り旅。。。

みなさんこんにちは桂榊です。

超〜更新スローペースになってしまってごめんなさい。

やっと昨年亡くなった父の事のウルトラスーパーあれやこれやが

収束してきたのでそろそろこっちも動かしていければなとおもっております。

 

 

次は父が天に帰るにあたり起こった沢山の奇跡のお話になるかなーと。

重たそうですけど、いつも通りの感じで書かせいただければなと。

 

ちょっこり楽しみにしておいてくださいね。

 

 

さて閑話休題!

 

皆様ゴールデンウイークいかがお過ごしでしたでしょうか?

私は3日、お誘いがあったので江ノ島弁財天へ行って来ました。

ものすごい人、人、人、で、もう意識とびそうな感じでしたが

久々に江ノ島の女神にお会い出来て幸せでした。

 

 

 

ブログではあまり取り扱わなくなってしまいましたが、

ツインレイに関わる事についてのワークはまだ断行中で

お誘いを受けた江ノ島の方でも、魂の片割れの事で悩み

苦しむ人たちの救済をお願いして参りました。

 

 

 

なぜかこの問題について、水の女神の協力を戴いていて

本当に有り難い事なのですが、

万全の状態でサポートしてくださっているようです。

 

もし御悩みの方がいたら

近くの弁天様に助けを乞うてみてくださいね。

(レイ以外でも恋愛がらみなら大丈夫だとおもいますよ!)

 

 

偽善者的な発言になっちゃうかもですが、

私はどんな恋愛もハッピーエンドになってほしいと

願っております。

 

来世に引きずらず、出来る事は今生で。

次の機会も笑顔で出会える様にって

ほんと願ってます。

 

 

これは神様や仏様も一緒で

やっぱり、人類の究極の答えなんじゃないかなぁと。

少々思ったりです。

 

やっぱり世界の平和の鍵は

女性が握ってるのかなぁと。

そのあたりもまた深く瞑想して

色々と散策してみたいと思っております。

 

 

それでは!黄金週間あと1日

すてきな週末を御過ごしくださいね!

 

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
夜の出来事

また雑談ですが(笑)

 

 

 

 

お知り合いと今流行の 某ぼう主のバーにいってきました。

去年くらいから事ある事にこっそり通ってたんだけど

もう、シャレに成らない位、人一杯で。

 

 

観光施設状態で

もう当分はいいかなー。。。と

少し気持ちがしょんぼりなりつつ

お酒を召してまして。

 

 

 

そんな中、ご一緒したむぎこさん。

こんなお話をされてました。

 

 

 

今一般向けに流行してる某ブロガーさんがいて

値段を見ずに本当に欲しいものを手に取って

レジにもっていこう!!とか

 

神社でのお賽銭を

「いちまんえん」だしてみましょう!

必ずかえってきますよ!!

とか

 

 

わくわくするものにつぎ込んだら

必ずそのお金はかえってきます!

 

 

というお話を解いている方がいるそうで

 

 

実にその通りにしたら

その通りになった方もいて

結構すごいことになってるよー。

と、教えてくれました。

 

 

 

おお!

それはすごい!!

よくぞいった!!

 

すごいなぁって思いました。

 

 

 

 

実際

値段で決めるとぶれます。

 

本当に欲しいもんがわからなく

なるんですね。

 

 

 

これから手にする

未来のお金は別として

 

今この瞬間

手にしてるお金には上限があります。

 

 

 

 

 

そう言う事も考慮して

 

 

まず自分の一番欲しいものを

値段関係なく見つけて

 

それを基準にして

自分の見の丈のあった物を

私は買う様にしています。

 

 

これをやってると

絶対欲しいものが

イッパツでわかるようになり

 

無意識に触っていたりして

選ぶ行がはぶけていきます。

 

余談ですが

無意識に選んだものの中に

今は使わないのに何故??

 

ってものがまざること

あるんですけど、

 

 

それはハイヤーセルフが

未来に必要なものだから

今買っておいて!

 

と促してる場合があります。

 

 

ですので、もしそのような事が

あればオサイフが許す限り

買っておいてみてください。

 

(以上余談でしたw)

 

 

 

 

 

こういう感覚はとても大事で

金銭感覚が本当に必要な物を

狂わしてるかもしれなって事。

 

 

 

ちゃんと認識しておかないと

後でえらい事になるし

自分もそのように見られる様に

なるかもなぁと

 

 

少々戒めも込め考えて

そして実践しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのブロガーさんのところ

成功例も失敗例も届くそうで

 

「わくわくするもんにつっこんだのに

全然かえってこないじゃねーか!!!!」

 

 

と、怒鳴り込みをされた方も

いるみたい。

 

 

 

その方が何に使われたかというと

 

「酒、ばくち、女」だそうで

 

まぁ、納得なんですが(^^;;;

 

 

 

 

 

 

でもその方にとって

一番のワクワクがそれで

 

 

とても興奮なさった訳で

 

 

 

何で帰って来なかったのかな?と

少し疑問におもっていたのですね。

 

 

真のわくわくなら

使った物は必ず

帰ってくる筈です。

 

 

まぁ真のわくわくではなく

虚偽であるとするなら

それはそうなんですが、

 

 

だとすると真のわくわくに

到達しないと

どのわくわくに支払ったとしても

帰って来ない事になります。

 

 

 

 

 

う〜んw

 

なんだかなー。。。

 

 

 

 

 

 

そんな事話してたら某ぼう主バーの

説法タイム。

 

 

いつも悩みを伺っている側の私が

誰から誰かの悩みを聞いて解く事を

目の前で見る事ができる貴重な機会。

 

 

 

 

お話は割愛しますが

カウンセラーの目線で

そのお話を聞き

解く側も解かれる側も

久しく学びなんだなぁと

 

 

 

改めて感じさせてもらいました。

 

 

 

あと、やっぱり私は

限られた人担当のヒーラーだ(苦笑)

私という存在を見つけて来てくれた人に

出来る限りの施しをしていこう。。って

思いました。

 

 

 

 

お酒を呑む事で

一時的に救われる事があったても

それは永続的な救いではないですね。

 

 

 

なんとなく思いました。

 

 

 

 

 

某主バーは

びっくりする位人の念が渦巻いていて

私がもうギブアップしてしまいw

そそくさとバーを退散。

 

 

 

気になって図書カフェへ移動して

むぎこさんとお話の続き。

 

 

 

むぎこさんは野口整体を凄く学んだ方で

御悩み相談の時に

相談者の体つきを見て

「あ、この体つきはこういう性格」

というのが瞬時に頭に浮かんで

相談内容と言ってる事が一致してるなぁ

 

と、

 

 

独りで、ふむふむしていたそうです。

 

 

 

野口整体では体つきで

その人の思考の方向性や体質を

パっと見分ける事ができる

そうなんですが、

 

 

創始者の野口先生も

あくまで整体の為に必要な要素で

それを占いや何かの断じるものに

決してしては行けないよ

 

 

と、

 

 

伝えていたそうなんですね。

 

 

 

むぎこさんもそれはとても

良く解っていて。

 

体をみて性格傾向が浮かぶのは

もうクセのようなもの(^^;;と

改めてしみついた野口整体脳を

ちょっと反省していたそうです。

 

 

 

むぎこさんはこの体をみて

相手を理解する方法を利用して

何か得しようとしている訳では無く

 

 

どーしても理解できない行動や

解り合えない人のことを少しでも

納得して符に落とすために

使っているそうです。

 

 

 

星占いをしてる人たちも

 

あー

あの人は月5室で魚座だから

しかたないよ(><)

 

 

っていう会話します。

 

 

 

 

それと同じで、

いろんな先人達の智慧とデータのおかげで

自分と違うものを受け入れるための

頭に設ける「仕分け箱」のようなものを

 

作成し

 

 

理解しようと務めるのかなぁと。

 

 

 

そこにはその人たちなりの

向かい合うための緩衝剤や

潤滑剤を

 

上手に利用するという

優しさが込められるのかなと

思いました。

 

 

 

 

 

逆に、

「あなたは◎○座だからこう」とか

「◎○だから運が悪い」とか

 

決めつけるってのはいけないなぁと。

 

 

 

あくまでそれはデータ。

 

データはデータであって

目の前の木をみたり

どういう地域に生えてるのか

そう言う事も自分の目で見る事を

大事にしないといけないです。

 

 

 

 

 

誰かが関わるシチュエーションで

 

こういう体質だから怒らない様に

早めに動いて調整しておこうとか

 

この星座だからこのアプローチで

攻めればこれを買ってくれるだろう

 

とか

 

 

お互いの為ならいいですけど

 

 

 

 

自分だけが特をしたり

有利に立つために

 

こういった情報を使うのは

美しくないなぁと思います。

 

 

 

 

争いや詐欺に

美しいもへったくれもあるか!

欲しいものはほしい

奪ってでも欲しい!

 

 

 

とっても 

とーっても。。。

 

気持ちは解るんですけどね。

大体そうやってると

本当に欲しい物に

手が届かない人生になると

思います。

 

 

 

 

話ズレるけど

 

 

 

そのね、

大殺界や空亡やら

土星回帰やら冥王星のっかるとか

 

全てが生まれで決まっていて

そのリズムで成功するしないなら

なんでそれ学んでる占い師が

成功しないんだって話です。

 

 

 

すべては

「。。。かも知れない事」

なんですよね。

 

全部に全部当てはまるかっていうと

難しい世界だったりです。

 

 

 

大体易占のようなものと

暦を使った占いを利用して

ワンセットでみるので

 

 

生まれだけで断じる人は

今とても少なくなってますが。。。

 

 

 

 

「運命」ってある程度の事は

決まっているんですけど

 

それでも未来を変えていく力を

人は宇宙や天から与えられています。

 

 

人生のステージをUPさせる

すてきなチャンスチャンスを与えられる位に

この世は進化したんですね。

 

 

とてもとても凄い事です。

凄い時代に生きております。

 

 

だからこそ

ピッチリとしすぎずに

幸運や奇跡の入る余白を空けて

おけるようにしなきゃだなぁと

 

 

なんとなーく思いました。

 

 

 

 

 

 

 

知識や枠に溺れて

本質を見失わない様にしないとなぁと

酔いが醒め始めた頃居合いに

美味しいコーヒとケーキを頂戴しながら

 

もっきゅもっきゅと

己の立ち返りも美味しく頂戴しました。

 

 

 

本当にそこは居心地がよくって

なんというか私にとっては

一番の救いでしたw

 

某バーは疎遠にするけど

ここは通うw

 

 

 

あ、でも某バー。

ボクシさんのいる日は

まったりできるかもなので

その日に併せて通うかなぁと。。

 

 

やはりここでも

私は神系なのかもですw

 

 

 

 

そしてそんなかんだで今日。

 

某バーのことや

図書バーでのことを

少し思いだしながら

咀嚼していて

 

 

あの、ワクワクする事に

言われた取りに突っ込んで

帰って来なかった

欲まっしぐら人の話を

 

 

ちょいこら

思いだしてまして(笑)

 

 

 

 

 

もしかしたらこの人は

絶対的に「お前は間違ってる!」て

誰かを攻める事を本能的に

したかったのかなぁ。。と

 

 

全てを使い切る事で

その願いが叶ったのかなぁと。。。

 

 

 

多分その人

お金帰って来なければ

 

自信をもってそのブログ書いた人に

お前は間違っていた!って

言い続けられるんだよなぁ。

 

 

 

もしくは

貯金使いまくるまで

欲に費やしたかったけど

理性が止めていて

 

というか

 

こいつがいったんだ!っていえば

常識的な範疇で

いけないことに突っ込んだ

自分が責められない

(合法的な出資?)

 


自分は悪くないもん。

これを使えといったお前が悪い

責任取れって

 

言いたかったのかもなぁ。

 

 

と、自分なりに咀嚼。

 

 

そして

 

こうなったのは自分の所為じゃないって

いいたかったのかなぁ。

 

 

 

 

なんておもったら

ストンと腑に落ちました。

 

 

 

まぁ、こんだけ考えても

そのお話が

単なる煽りや架空発言だったらまぁねー

それはそれなんですけども(><)

 

 

ネットの世界の真偽は難しいです。

 

 

とはいえ

神様には嘘つけないからなぁ。。

えんま帳には書かれちゃうだろうな

きっと。

 

 

気をつけなきゃですねー。

 

 

 

 

 

 

ほんとに自分が望んでる事を知るって

めちゃくちゃ大事です(><)

 

宇宙は言った願いも叶えますが

同時にホントの願いも叶えます。

 

だから実は願いが叶ってるのに

叶ってないと

 

嘆き悲しむ事は避けたい所。

 

 

 

 

 

本当の自分の願いを知る事は

実は一番の開運法かも?!ですね。

 

 

 

 

 

以上 雑談おしまい。

御つき合いありがとうございました!

 

 

 

 

あ、6月30日は 夏越しの祓えの日ですので

お近くの神社で茅の輪くぐり是非されてくださいね。

 

してるところとしてない所あるので要チェックですよ!

 

 

皆様の種々の罪事 罪穢れ

祓い清められます様に!

 

 

勿論私もです!

 

 

それでは皆様!良い月末を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 20:56 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

bolg index このページの先頭へ