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Magical Visions

フォーチュンテラーのイロイロ
あけましておめでとうございます!

みなさま!

あけましておめでとうございます。

桂榊でございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

去年ギリギリセーフで書き上げさせていただきました

お父さんの事、これで漸く私なりに区切りがつけれた

かしら〜〜。。と、思っております。

 

 

もう少し書き足したい事もあったのですが

それは別の機会で書かせていただければ

いいかなぁと思いつつ。

 

 

 

父のことをブログに書いてる最中に

私の大切な人も天に帰られて

その時の全てをパートナーさんが文章で残されて

いるのを拝見し

やはり人の最後の瞬間

そしてその後というのは

非常にドラマティックなんだなぁ。。。と

 

改めて痛感いたしました。

 

 

 

ブログを認めるというのは

「振り返る」という意味合いも強く

どんなに思った強い感情も

時間や脳内のシナプスの繋がりが

うっすら薄くなることで

どうしても忘却しちゃうもの

なんですが。

 

外部記憶を残して

そしてその時に感じたことを

共有させてもらうのは

本当に大切な行為だなぁと。

 

 

 

ツインレイのことから

結構熱く書き始めているのですが

私はレイという呪いを解放する術を

探し続けてるのかもなぁと

改めて思いました。

 

 

私はあんまりレイ関係の発信されている

他の方の情報を入れない様にしていて

 

私が感じたことや

降ろされたことを軸に

伝えた方がいいことを

お伝えしています。

 

 

私の書いてる文章全てに言えることだと

思うのですが

 

ほんと自分がピンときた部分だけ

持って帰ってもらえたらそれでOKで

自分が書いてることが

全ての人において正しいとは

ほんとに思ってません。

 

もっとすごいこと書いてる方も

いると思うし

 

 

 

レイとは「片割れ」で

向かい合うということは

自分を認め、愛する行為に

非常に近いです。

 

愛し合って当然なんですよね。

 

でも

 

全く魂の質が違う動物たちが

私たちを愛するため

愛されるために

虹の橋を飛び越えて

やってくる

 

そしてわたしたちも

彼らの愛に共鳴して

新しい感情を得る。

 

 

これこそがこの世界の

奇跡なのかなぁと

最近思います。

 

もちろん

レイとの共鳴も奇跡です。

 

レイとは神から与えられた

純粋な「愛」の光の復古であるなら

その復古した「愛」が

新たな愛の可能性を紡ぐのでは

ないかなと思います。

 

レイ同士のそれは

究極の愛かもなんですが

人間は魂+体の存在です。

 

その歓喜に精神は高揚しますが

脳内ホルモンやざまざまな感情の変化に

フィジカルボディがが耐え続けることが

できるのかなぁ?というのが

私の最近の研究課題です。

 

 

まぁそんな感じでございまして

今年はざっくばらんに

ブログも更新していければなと

思っておりますので!

 

 

ふっと思い出したら

また覗きにきてくださいね(^^)

 

みなさまいつもありがとうございます!

これからもどうぞよろしくお願いいたしますね!

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなオトンの人生卒業式(エンディング)

さて2108年まであと数時間。。。。

このお父さんの出来事をしっかり書き終えて

新年を明けますです!!

 

 

というわけで長々と1年かけて書かせていただきました

このシリーズ完成です!!

(そしてこのあとhpの更新が残ってますが。。。。!)

 

それでは壮大なエンディングへ〜!

正月早々ここ見ちゃう人はごめんさいねー!

でもめでたい終わり方なので(><)

 

 

 

 

 

父が亡くなる一ヶ月前に

わたしのおじさんに当たる母の兄が

入院の末、天に帰ったのですが

そこの親族が体を一度家に戻してやりたいと

一旦体を引き取り自宅で「寝ずの番」を

していた時、

おじさんの体の中に溜まっていた腹水が

溢れ出てしまって大変だった。。。という

そんな話を父は聞いて

「おれは死んでも家に帰なくてもいい」

そう言っていました。

 

 

家族みんなそれを聞いていたので

病院から葬儀屋さんに連絡し

葬儀会場のセレモニーホールに

そのまま父を送りました。

 

その後私たちは一旦家に帰り

宿泊準備を携え

セレモニーホールで寝ずの番

と、言っても今はうずまき型の

8時間燃えてくれるお線香などが

あるので、しっかり番はしなくても

大丈夫なのですが(^^;;

 

父と最後の夜を過ごしました。

 

家族葬で、、、ということで

小さく収めようとしたのですが

どこからと父の訃報を聞きつけ

沢山の人が集まってくれて

 

とても賑やかで

悲しさというよりも

アットホームで

穏やかお葬式になりました。

 

父の遺体なんですが、

本当に最後まで死んだように見えず

お顔を見てくれた人全員が

「まるで寝てるみたい?!」と

驚かれていました。

 

お葬式の後

父は荼毘に付され

 

生身の体が焼き清められ

そこに残った

父を支えた大切な骨格は

本当に立派なもので

80を大きく過ぎた老人のものとは

到底思えない見事な姿でした。

 

 

骨壷に全ての骨格が入りきれないので

一部ずつ、少しずつ納めていき、

最後は頭蓋骨をお骨を拾う箸の先で

ぐっと押して割り

頭のお骨を納めます。

 

 

その最後の役を

何故か私がすることになり

少し躊躇しましたが感謝をもって

父だったものを押し壊しました。

 

 

おつかれ、お父さん。

 

 

 

 

お葬式のプランを決める際、

父はとっても花が好きだったので

ドン引きされてもいいから

花盛りだくさんにしよう!

 

ということで

小さめの会場は花で溢れかえり

とっても美しかった。

 

その花が父のお棺にどんどん詰められて

父が花に埋もれていく様が

これまたとても素晴らしく

 

胡蝶蘭がまるで顔から羽を生やした

ケルビムの様に置かれていく時は

ちょっと笑いそうになるくらいで(苦笑)

 

それぐらい、父からは本来、死が持ち合わせる

「悲壮感」を感じない状態でした。

 

何度も死にそうな人生を乗りこなした父は

ようやく死んでもおかしくない年齢まで

たどり着いて

 

そして本当に良い最期。。。

(というと不謹慎だけど)

 

でも本当に最後の最後は

4時間くらいの苦しみで済んで

死ぬ前日には家に帰れて

 

沢山の人に見守られて

本当に良い終わりだったと

思います。

 

 

 

若い頃は父の在り方に葛藤があり

元々私は感性優先の性格で

私の芸術的、音楽的側面に

全くもって理解を示してもらえず

環境を恨んだこともあります。

 

 

でも、この最後の運命からの

愛され方を見て

父はやはり天の目、地の目から見て

良いことを行なっていた方の人だった

ということなんだろうなぁと。

 

羨ましくもあり

尊敬もあり

またその血をいただいてることに

改めて感謝しました。

 

 

 

お葬式の最中父方の従兄弟から

こんな話を聞かされました。

 

父は地元では有名な番長で

「やっての○○」(○には父の名前が入りますw)

と、言われていたそうです。

 

「やって」は「やり手」の略で

ケンカとなれば即参上

いじめられてる子がいたら助けたり

台風の暴風の中、年少さんの手を引いて

学校に登校したりと

 

その地域では知らない人がいない位の

有名人で、またその大半の人が

助けられたことに恩義を感じてるんだよ

 

寝耳に水の

父の知らないお話。

まーーーったく知らないお話で

一緒に聞いてた兄もびっくりで

 

それをドヤ顔ではなさなかった

そんな父もまぁなんというか

すごいなぁ。。。と

 

改めて感心でした。

 

 

 

 

ただし、いくらすごいすごい

感心するっていったって

「完璧」な人はいません。

 

というのも

 

父の趣味の園芸

びっしりと置かれた植木鉢大小含め

200ほど。。。

 

屋根裏に突っ込まれた

壮大な「遺物」

さらに

父はびっくりするほどいろんなものを

買いだめして、それを処分せず

天国にいっちゃったので(苦笑)

 

私たちはそりゃもう

ものすごい大変な遺産整理を

余儀なくされたのですね。。。。

 

いつ私もどうなるかわからないけど

荷物は色々わかる様にして

みんなに迷惑かからない様に

しなきゃなーーって

反面教師的なアレですが

 

天国のおとうたま

 

いくら腐らないからといって

30年前のサランラップ(大量)

15年前のテイッュペーパは

ちゃんと処分しようねっっっw

 

今度生まれ変わったら

ほんとよろしくだょおおおおお

 

 

 

父の死後

もんのすごーーい懐かしい柄の

サランラップを使い切るという(苦笑)

我が家のミッションは現在も続行中でして

そうやって父の思い出がどんどんと

増えていっているという感じです。

 

 

 

葬式の後、こっちの家賃と必要な書類のために

慌てて東京に帰りとんぼ返りで慣れに戻ったり

元旦早々母と大げんかして家を飛び出して

いい歳しての家出娘とか(苦笑)

 

その後も母の暴走は続き

久々に精神と体が追い込まれる

緊急事態に陥ったりもしたのですが

ようやく父の死の1年を経て

母も私も落ち着いて

 

ようやく一安心。

 

 

 

天国の父も安心してくれてると

いいなぁと思います。

 

 

 

 

父は体をもって

もう年を超えれませんが

私や家族はまだ

この年を経るという

大縄跳びを

こなせてもらっています。

 

 

生かされている。

でも「死」は必ずやってくるんですよね。

 

人としての1つの「あり方」を

父には学ばせていただきました。

 

 

心からの感謝を。

 

 

お父さん

生きてる限り

年をしっかり越していくね。

 

 

 

ありがとう。

そして2018年を迎えます。

 

 

 

 

*やってなおとんの人生卒業式おしまい*

 

 

長丁場おつきあいありがとうございましたーーー!!!

2017年の内に書き終えれました〜〜!

みなさま本当に感謝です。

 

 

これからグリーフケア(見送った人を癒すケア)って

すごく重要になってくると思うので

どういうアプローチかはわからないけど

私のできること、していこうと思っております。

 

さてさて

来年からはブログも通常運行に

戻ると思いますので

 

わたしのささやかな気づきをシェアして

いただければ幸いです。

 

ではでは!未来にむけてレッツラゴー!

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(変調)

明日といいながら書けなくってもうしわけないです。

今年中に書かなきゃ。。。と思い書き続けることにしました。

 

 

去年の12月に父が亡くなってやっと1年すぎたけど

もう3〜4年も前の話みたいで。

それぐらい濃密な1年を過ごしたんだなぁと振り返りでした。

 

さて変調。

 

 

ここからはスピリチュアルな視点を混ぜて

書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

父の容体が急変してから看護婦さんが酸素を取り入れる

装置や負担を楽にする措置をしてくれる間

私たちは外の休憩室の方に移動していました。

 

 

自動販売機で各々飲み物を買った後

 

兄は泣き崩れる

母は朦朧とする

 

そんな中淡々と話し合いをしていました。

 

 

ふっ。。。と、首を右に傾けると

以前父がいた相部屋の病室が見えて

ちょうど父がいた場所に

すーっと西日が差し込みました。

 

 

その時、直感的に

「ああ、やっぱり父は逝くのか。。。」

と、腑に落ちて。

 

 

惚けた頭で目の前の

座ってない椅子を

ぼーっと見ていたら

 

 

そこに「父」がいました。

 

子供の頃よく見かけた

ジャケットと

なぜか帽子をかぶった父。

 

 

父はすでに霊体で

「すまんな もうすぐあっちいくから」

と、笑顔で答えていました。

 

 

 

多分昏睡状態で霊体が半分剥がれてたのでしょう。

 

 

私は何もいえず、

なんとなく頷くくらいで返事を返したように思います。

 

これは目の前の母と兄にはいえない。。。

さてこれからとこの後のことを

よいこらせと背負うしかないなと

また心のタスキを引き締めたのでした。

 

 

それから病室に戻ると

父のベットの上の方に

黒い犬が視えました。

 

 

鎖でつながれいてるのですが、

その鎖を握る「手」だけは見えるけど

「手」の主。。。

誰がその犬の飼い主かは

最後まで分かりませんでした。

 

そして視界からフッと

犬が消えて

ゼイゼイ喘いでいた父の呼吸が

ゆっくり、ゆっくりになり

なんとなく

父の反対の手を握ってあげようと

席を移動して

父の右手を握った時

 

 

ビーーっと

聞きなれない機械音がして

慌てて看護婦さんたちが病室に

駆け込んできました。

 

 

そして程なく

お医者様からご臨終ですと

伝えられました。

 

 

黒い犬が見えている間

父の急変に駆けつけた親族全員で

お父さんに「感謝」を伝えました。

 

パニックになって泣き叫ぶ親族もいたけど

軽くハグをしてなだめて

一番大変な父が嫌な気持ちにならないように

なるべく対処していたりして

 

助けてもらったみんな

育ててもらった私たち

守ってもらった事

 

ひっくるめて

 

「ありがとう!ありがとう!」

 

感謝で父の卒業式を

父を見送りました。

 

 

こうやって父は肉体のくびきを解かれ

体と別れを告げ

純粋な魂へと変容したのでした。

 

 

 

父の容体が急変して

慌てて連絡を取り

駆けつけてくれた親族含めて

10人で父を見送れたのは

本当に奇跡的でした。

 

 

 

私は父が43歳の頃に生まれた子で

いとこは10歳以上離れてる感じで

お家の周りのご近所も高齢の方が

とても多かったりします。

 

その所為でというのも何だけど

ご近所の方が天に召される経験も

まぁそれなりにしていたりします。

 

 

 

私はこういう仕事をしているので

「運命」というものを考察して

この先の閉ざされた運命を開く

「幸運の鍵」を見つけることを

使命として生きています。

 

 

楽々と人生を生きるための

ツールとしてのスピリチュアリズム

それも大事だけど

 

悔いても悔いても

許されず

でも許されるなら

心から魂から

悔い改めて

「先」へ進みたい。

 

そんな人のための

希望を

紡げたらと思っています。

 

 

 

自分のやったことを

「忘却」して

ヘラヘラ生きてる。

 

そういうのも

ありなのですけど。

 

なんせ、この宇宙は

自由意志の世界なので

肯定はされます。

 

 

でも宇宙にある

「アカシックレコード」には

全ての行動が記憶されていて

「閻魔様」や「宇宙の理」というのは

それを判断材料にして私たちを

吟味しているのだと思うのですね。

 

この宇宙に降りてきた理由に

地球に来た理由に

この時代を選んだ理由に

 

自分の生き様がそぐわなければ

あっという間に宇宙に

「淘汰」されるのかしらと

 

いろんな人の人生を

拝見しつつ

思う所があります。

 

 

 

寿命ってのも有りますから

それが全てではありませんが

 

好き放題やって大丈夫なのは

50歳くらいまでで

60の壁を超えれるかどうかは

 

自身の天命を受諾し

宇宙に必要とされているかどうか?

それはとても重要なんではないかなと

思います。

 

 

わがままな人は

ストレスがたまらないので

結果、体との親密度が増して

長生きする傾向があります。

 

その分、周囲を振り回すので

何らかの「罪」を生むことには

なると思いますが

 

それは天から与えられた「使命」なら

咎を受けることはまずないでしょう。

 

 

でも大概、80歳になると

運命の清算時期に入り

今までの帳尻を合わせる流れが

やってくるようです。

 

無理をしてた人には無理が

人の自由を奪っていた人には制限が

押し付けていた人は押し付けられ

 

善業には善業が

許した人は許されて

 

天の利にかなう行いをしていた人には

その報酬が、何らかの形で

与えられるのだと思います。

 

 

死に際というのは

一番の総決算で

 

人にほんとに大変な時を

無条件で何度か救ってきた父は

本当なら東京にいるはずの娘や

たくさんの親族に見守られて

最後を終えることができたのかしらと

 

 

そして、きっとそうなんだろうな。。。

というケースを残してくれた

父に本当に感謝です。

 

 

父は最後に「死に際」を見せてくれました。

美化できるものではないけども

それはとても大きな経験でした。

 

 

浮ついたポジティブよりも

優しい言葉よりも

強くそして人を平等にする「規律」

 

 

どんな人でも

必ず死ぬ。

 

どんな境遇、環境

ポテンシャル、運の良し悪し

羨ましいこともあったりで

色んなことが不平等で

やるせないこともあるけど

 

 

死は人を平等にする。

 

 

そうなんだよな。

羨むよりも何よりも

死ぬまでに

いっぱい いろんなことしよう。

 

魂は永遠なんですが

(たぶんん死んでも思考したり発信してると思うのね)

 

食べたり笑ったり文字を書いたり

触ったりというのは

 

体がないと出来ない訳で。

 

 

勿論、体のことを無視して

暴飲暴食や快楽に陥るのは

ダメ!ゼッタイですが

 

 

生きるというのは

そういうことなんだなと

人の死を見とって

1年過ぎて思うことでした。

 

 

そんなこんなで父は

人生を卒業しました。

 

 

その後の後日談を

年内にはかくぞっと。。。。

がんばろうわたし

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(サビ続き)

というわけでサビの続きです。

できれば今月中に書き上げたい所です。。。

 

*少しだけ宣伝*

11月18日(土)から11月21日(火)まで

沖縄セッション会を開催しております。

沖縄の皆さんは勿論の事、沖縄でセッション

受けてみたい!という稀有な方(いるのか?w)

いましたら是非どうぞ〜!

 

詳細はこちらからー。

11月沖縄セッション会のおしらせ。

http://blog02.fortunecookies.ciao.jp/?day=20170927

 

様子次第では日曜に久高島と斎場御嶽にいこうかなーと

思っておりますごにょごにょごにょ。

 

 

さて続きを書いていきましょうか。

 

*****************

 

早朝。

 

うとうととしてる最中、車の音がした。

多分母が矢も盾もたまらずに

父の用事をしに出ていったのだろう。

 

まぁいいや。

それは想定内だ。

 

 

目はつむっていても

心の目は開いている。

 

そして

眠だるさと緊張と

嫌なドキドキが止まらない。

 

 

とりあえず

父は一番安心な場所にいる。

 

安心しよう。

 

 

 

 

そして

眠ろう 眠ろう。。。

 

 

 

 

とはいうものの

 

 

まぁね

眠れるはずがないのです。

失恋した時と一緒です。

 

 

 

こういう時は

寝たふりをしよう

寝た事にして

騙し騙し

なんとかして

復旧しようなのです。

 

 

 

うつらうつら。。。

 

 

起きてるのか寝てるのか

よくわからない中

 

10時半頃だろうか?

母の車が帰ってきた音がした。

 

それに併せて

私は布団から抜け出した。

 

 

 

どうやら母は病院に行っていたらしい。

父が救急車に運ばれる時、なにやら

声にならない言葉を出していたのだけど

 

「入れ歯〜!」だったらしい。

 

 

母にはそれが聞こえていて

朝一で届けてきたそうだ。

流石、流石だわぁ。。。

長年付き添ってきただけあるなぁ

少し感心したのでした。

 

 

入れ歯を持ってきた母に

父はいつものように喋りかけ

「桂はもう帰ってしまったのか?」と

まず話かけたらしい。

 

 

ぼやけながらそれを聞いて

言葉にならない歯がゆい思いが

ズンと込み上げてきたのだけど

 

朦朧とした意識で心が麻痺してたから

さっと気持ちを切り替えて父の容体を

聞き返すことができた。

 

 

 

母が見る限りは

父の容体は安定していたらしい。

 

 

だけど

昨日の様子からしても

たぶんヤバい。

激ヤバである。

ちょー激ヤバの

ギガMAXペガサス昇天盛りである。

 

 

 

てなわけで私たちは

父の「本番」を迎える準備を

しなきゃいけないなという

回避できない「重い答え」を軸にして

どう回転するかを各々考え始めていた。

 

 

とにかく、

一度病院へ行こう!!

 

そういう事になり家を出発し

12時頃に病院に到着。

昨日の運ばれた個室に入ると

ひどく荒い呼吸を繰り返す父がいた。

 

 

 

 

ちょっ。。。

ちょっとまって!?

さっきの母の話と全然違う。

 

違いますやん??

ど、どゆことよ。。。

 

 

 

何かの間違いかトラブルかと

看護婦さんにお話を聞けば

朝は体調が安定していたが

母が帰った位から急に

呼吸が乱れ始めた。。。

と、云う事らしい。

 

 

 

初めて聞く呼吸のリズム

子供が泣いたあとの

独特のアレに近いけど

 

違和感というか恐怖というか

改めて父の状態が

非常にヤバイと

私の中が静まり返り

ざわざわし始めたのでした。

 

様子を見ていた看護婦さんでしたが

数名で父の病室に入ると慌てて

酸素吸入器をつける準備を始めた。

 

看護婦さんがついてるから

とりあえず私たちは病室から移動。

休憩スペースに座って話し合い。

 

私は結構体力が限界だったので

家で寝たいと申し出たけど

兄がそれを止め

私がこのままいたほうがいい

そう言いました。

 

 

酸素吸入器が取り付けてもらった

父を見にいくと、すこしだけど

楽になっている感じがした。

 

けれど

看護婦さん曰く

 

「必死で自力呼吸されています。

とりあえず酸素いっぱいまで

上げてますから

少しは楽なるとは思いますが。。。」

 

 

「今日は泊まり込みの準備を

していただいた方が良いかもです。

今晩が「山」になると思います。」

 

 

母、兄、私は病室の外に出て

休憩スペースで緊急会議。

 

 

会議の結果、母、兄が家に帰り

もしもの為に親族に連絡。

泊まり込みのいろんな準備。

そして私がここに残り父の側にいる

という事になった。

 

 

偶然

近所のおじさんも同じ病院に

入院していて

会議中の私たちを見つけ

挨拶しにきた。

 

父が個室に入っていることを知ると

開口一番

 

「あんな陰気臭い病室にいれられたんか。

あっこはワシャ大嫌いや。

なんせあそこ入ったら出てこられへんの多いんや。

はよ出したれ出したれぃ!!」

 

と、元気はつらつに物申された。

 

 

そら出してあげたいけどね。。。と

家族で苦笑い。

 

 

でも三人とも解ってた。

 

 

一昨日までの父の姿を

見てたら絶対に

「一時的」だって思うもん。

 

責めれませんそんなの。

 

この状況

誰も責めれないさ。

 

 

父、人生の卒業式まで

あと3時間と少し。。。

 

 

 

********

 

続きは明日に!!

小刻みですいません!!

 

(めずらしく連載中)

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 02:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やってなおとんの人生卒業式(サビ)

みなさま大変お待たせいたしました(><)

やっと再開。

これ早く書き上げて次行かないと

いろんなメッセージ降りてきてるので。。

 

と慌て始めた私です。

また長いですが、お許しを〜〜!

 

それでは続きをいきましょう!

 

 

****

 

まだ空は真っ暗だけど

空気はすでに朝。

 

救急車が止まり

ハッチが開けられた。

先に私が降りて

そのあと父が降ろされた。

 

待っていてくれた

病院の職員さんが

私たちを誘導し

 

父は病院へ運び込まれた。

 

 

 

 

奈良の冬の夜と朝の狭間は

とっても冷たくて寒い。

あの世とこの世の狭間の様な

凛とした「何か」がある。

 

 

 

特に私たちの住む地域は

盆地のヘリに近いから

山の凛とした気が

特に良く大気に響き

 

肌と呼吸を通じて

体の中に残響を残す。

 

 

かなり奈良を離れていた私とって

冬独特の狭間の気はとても懐かしい感覚で

 

瞬間だったけど

今置かれている現状を

忘却してしまいそうになった。

 

 

 

 

 

父はそのまま個室に入り

当直のお医者様に処置を受けた。

お医者様曰く

容体は一応落ち着いたので

このまま様子を見ますとの事。

 

 

とりあえず私達は「病院」という

今の父の容体の「要」を支えるに

相応しい場所に運び込めたのでした。

 

母、兄、私共に肩の荷が降り

安堵のため息。

 

とりあえず病院を出て

兄の車で家に帰りました。

 

 

家に帰って軽く家族会議。

もしこのままなら

本格的な入院になるだろう。

 

ベッドから動けなければ

オシメ生活。

とりあえず朝一でオシメを購入し

病院に届けなきゃと母。

 

ちょっとまってまって!!と

慌てて止める私たち。

 

 

と、とりあえず今日はゆっくり寝て

昼に動こうよと母を諭す兄と私。

 

しぶしぶ了承した母をみて

またしても謎の安堵。

 

そうなんです。

母はやらなきゃスイッチが入ると止まらない。

「してあげなきゃ暴走機関車」なんです。。。

 

ただ、今は過労があるから。。と

いつもなら止めないんだけどね。

 

まぁ気が高ぶって

ねれないだろうなぁ、、、と

わかっていたけど。

 

とりあえず私は

布団に入って

少しだけ目を閉じたのでした。

 

 

 

 

 

私たちは限界まで頑張ったし

あのまま家にいたら

もっと大変な事になっていた

かもしれない。

 

 

 

父は「気合い」で

一時帰宅を勝ち取りました。

 

が、

 

私たちの想像以上に

父は限界を超えた状態

だったのでしょう。

 

 

 

 

振り返り今、思うに

 

 

 

 

もうその先の「死」という

ゴールテープに

手が届く状態の人たちに

その最後の最後まで

諦めず立ち向かおうとしてる

 

最後の輝きに対して

 

まだ人生の折り返しも

見えてない私が

私たちが

何をしてあげれるだろうかと

考えることも大事なんだけど

 

 

本当にこの世の「最後」を

輝かせようとする存在達に

この世がまだ残ってる私たちは

ただ見守り

好きにさせてあげる事。

 

それくらいしか

出来ないんじゃなかなぁって。

 

 

 

今回の父のように

 

 

肉体の限界を超えた所で

必死で生きようとしてる

そんな存在には

これ以上の何かなんて

必要無いのかもしれない。

 

 

 

私たちが出来るのは

限界以上に頑張るの

彼ら、彼女らが

それを

出来なくなった時。

 

 

そうなんです。

 

 

私たちが踏ん張るのは

あの人、あの子達が

頑張りを諦めた後。

 

そこ、間違ったら

すごく後悔する。

 

 

だって死は絶対なんだもん。

そして死はその人だけのものだから。

 

 

もちろん

ものすごく迷惑かけて

旅立たれる魂もいるから

もう何もしたく無いって

思う方もいると思う。

 

 

それはそれで、

あなたの代わりに

対処してくれる存在に

お願いしますって

任せた方がいい。

 

だって今まで

何もしなかった訳では

無いでしょ?

 

 

世の中には残念ながら

人に擬態してる

「人でなし」もいるので

全てに当てはまらないと

思うけれども

 

死にゆく家族や

親愛なる存在を

見守り支える中で

 

何もしないって人は

そんなには

いないと思うのですよ。

 

 

出来なかった数より

してあげた数のほうが

双方の供養に成るかなと

 

私は思います。

 

 

 

さて

 

今の私の「振り返り」は

この辺にして

そろそろ本番。。。。

 

と、いきたかったのですが

いかんせんながくなってしまったので

分割いたします。

 

更新は多分明後日くらいに。

 

(サビつづく)

 

 

 

 

 

 

| 桂榊 | プライベートなハナシ | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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